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ソウルオリンピックの極々個人的な思い出とドーピングに関する徒然

リオオリンピックが終わり、東京オリンピックに向けてゴタゴタしているこの時期に、あえて個人的なオリンピックの思い出を書いてみる。

 

私がはっきり覚えているオリンピックは、中学生の時に開催されたソウルオリンピックだ。ロサンゼルスオリンピックもなんとなくやってたなー、くらいの記憶はあるが、定かではない。当時、陸上部に所属して短距離走者だった私は、100メートル走における世紀の対決に心躍らせていた。

若い人も名前くらいは聞いたことがあると思うが、前回のロサンゼルスオリンピックで100メートル、200メートル、走り幅跳び、400メートルリレーの4冠を達成したスーパースター、カール・ルイスと、ロサンゼルス100メートル走銅メダリストで、その後急速に力を付け、人類で初めて9秒8台を出した世界記録保持者、ベン・ジョンソンの対決である。

二人は世界記録を争うスプリンターだが、全くと言っていいほどタイプが違っていた。カール・ルイスは長い手足と走り幅跳びでも魅せるバネを活かし、スタートはさほどではないが後半の伸びで勝負するタイプである(なるほどこう書くと、ビートたけしのスポーツ大将で人気だったカール君は、忠実に再現されている)。

一方ベン・ジョンソンは、手を大きく広げたあり得ないほど低いスタート姿勢からの、爆発的な加速が持ち味で、後半の伸びはさほどでもないというタイプだった。ボディビルダー顔負けの、はち切れんばかりの筋肉から発生するパワーで、スターティングブロックから撃ち出される様は、正に褐色の弾丸だった。

 

ソウルオリンピックが開幕したのは、夏休みが終わり二学期が始まって、休みボケが抜けてきた9月の後半だった。韓国との時差はほとんどないため、昼間にやる競技を平日に生で観ることは、中学生にとって不可能だった。競技結果を夜のNHKニュースで淡々と観るだけで、田舎の中学生にとって別世界で起きている出来事だった。

そんな中、100m走の決勝だけは見れないものか、と思っていた。教室にテレビはあるのだ。もっとも、普通の放送が入るようなものではない。必要なときに校内放送と、教育テレビが映るだけの小さなブラウン管だ。

しかし、私は諦めてはいなかった。全ての放送がデジタル化された今では想像がつかないだろうが、当時のアナログテレビは色々と大雑把なのだ。適当にアンテナを付けてチューナーのダイヤルを合わせれば、結構映ってしまう。さらに言えば、アンテナを立てずとも、慎重にチューナーを合わせれば、電波の強さによっては砂嵐の中に薄っすらと映ることもあるのだ。

放送時間は、幸いにして授業中ではなかった。はっきりとは覚えていないが、休み時間か掃除の時間か…。私はクラスメイトの目も憚らず、テレビのスイッチを付け、チャンネルをNHK総合に合わせ、チューナーを慎重に操作した。

程なく、砂嵐の奥に微かにアナウンサーの声が聴き取れた。さらに慎重に、チューナーのダイヤルを回す。一瞬、砂嵐が収束してトラックが見えた気がしたが、すぐに見失ってしまう。私はダイヤルを止め、今度は逆方向にゆっくりと回した。

何度もなんども行きつ戻りつ、限界を見極める。クリアな映像を観るのは初めから無理なのだ。次第に、ノイズが大きくなっていく。いや、ノイズではなく歓声だ。スタートが近いのだ。私はダイヤルを回すことを諦め、少し離れて砂嵐の中に薄っすらと浮かぶランナーの影に目を凝らした。

 

間も無くスタートです、と言うアナウンサーの言葉を受けて、歓声が徐々に静まる。ザーッと鳴り止まないノイズを除いて。唐突に、パン、と乾いた号砲が鳴った。

砂嵐の中で静止していた影が、一斉に飛び出す。誰が誰だか、どころかどこまでが一人の人間なのかさえ判別がつかないが、私はかつて無い程に興奮していた。世紀の大レースを、生で感じているのだ。クラスメイトも、ざわつきながらもテレビに釘付けになっている。

アナウンサーの絶叫と共に、影たちはフィニッシュラインを越えた。勝ったのはベン・ジョンソン世界新記録達成、前人未到の9.7秒台…世界中が期待したビッグレースは、世界中が期待した通りの派手な結果だった。私は満足感に包まれて、教室のテレビを消した。

 

勝手に教室のテレビをつけたことは、特に問題にはならず、そんなことは無かったかのように日々が過ぎていく中…ベン・ジョンソンのドーピング違反のニュースが発表された。

ドーピングについては既に何人もの違反者が出ており、知識としては知っていた。だが、まさかベン・ジョンソンがーーとは、残念ながら思わなかった。人間離れした強靭な肉体は、ある種作り物のような印象もあったし、急に超人的な記録を連発するようになった彼には、前々から薬物の噂があった。

 

私がどう感じたのかはっきりとは憶えていないが、怒りよりは白けたような感じだった気がする。これから先、どんなスプリンターがどんなに凄い記録を出しても、もし検査がシロであったとしても、こいつももしかしたら…と考えずにはいられなくなった。そして、陸上への情熱も冷めていった。一応、引退までは続けたが。

 

ドーピングに関して、色々な考え方があるとは思っている。だが、ルール上フェアでないことはもちろんスポーツとして許されないし、ましてや副作用や後遺症で身体を壊す危険がある薬を使うべきではないと思う。

だが、今後も手段は巧妙になっていき、危険ドラッグのようにイタチごっこが続いていくのだろう。現代のスポーツは、それも含めて楽しむべきなのだろうか?巨大なマネーが飛び交うスポーツ界で、性善説を信じるのは現実味がない。

 

誰が悪いとか、こうするべきだとか言うつもりはない。だが、せめて子供達が夢を持てる、憧れを持てるスポーツ界であって欲しいと願っている。